歌と犯罪
歌と犯罪。現代社会の万華鏡である。
誰にでも各人各様の思いや悩みがある。その共通項
から詩が生まれ、ふさわしい曲が合わさって人の心
を震わせる。その震わせがいつも時代の風となる。
ヒット曲の基本型は、呼びかけと共感だ。共に生き
ている誰もが自然に口ずさめば、それはメッセージ
のこだまである。歌は世に連れ、世は歌に連れで、
今風に言えば、イイネの連発、炎上発生となる。
歌は、時代に吹く爽やかな風であるが、一方、冷風
で人の心を凍らせるのは犯罪である。特に悪質なの
は知能的犯罪である。同情するなら金をくれ、との
ドラマがあったが、それは厳しき世を生き抜く覚悟
を基調として、負けるな一茶ここにありの精神発露
と孤高の輝きを見せた。しかし、今やカネをくれは
オレオレ詐欺だ。電話口に出る親族の愛情を弱みと
して巧みに送金の催促をする。テーマは溺愛に仕掛
けるワナ。金をくれではなく、出せと迫り続ける。
歌と犯罪は社会のありのままを赤裸々に露呈する。
社会の流れ、変化の波から泡(あぶく)の如く出て
やがて消えていく。ある意味、社会の変貌や変転の
証左である。共に、社会の急所を鋭く突く名演だ。
実に憂鬱な世になってきた。昭和世代は、月がとっ
ても青いから遠回りしてチョット一杯引っかけた。
上を向いて歩きつつ、見上げてご覧夜の星。口笛は
アキラさんのサスライだった。調子の良い日には、
ズンドコにスーダラ節の連発。眠りが始まる頃には
オラは死んじまって天国良いとこ一度は行きたい。
あの頃のヒット曲は、もはや望郷の子守歌である。
今時、空を見上げるのは危険回避の一つとなった。
いつ、どこからミサイルが飛んで来るか分からない
物騒な世の中である。下を向いて腰を屈めて歩くの
が常道となる世にあって、コロナにウクライナ問題
がさらに両肩を押し下げる。それでもこの国の住民
はしたたかに生きている。100円コーヒーを片手
に健康被害を聞かされても、プイと横を向き一本の
煙草を楽しんでいる。やおら、スマホを持ち出して
画面を覗き込む。今日の万華鏡はドンナンカナー。
仁鶴師匠、お元気ですかー。