忠犬ハチ公の仁王立ち
WBC準決勝戦で、セカンドベース上の大谷翔平は
両の拳を握り締め、憤怒の表情で侍ジャバンの同志
に向かって俺に続けよ、と檄を飛ばした。その闘志
は不振続きの村上宗隆を覚醒させ、センター奥深く
へのクリーンヒットが、対メキシコとの激闘を制し
まさに劇的サヨナラ勝利を生んだ。続く米国相手の
決勝戦は、世界一を決するに相応しい緊迫の展開と
なり、両軍譲らぬ中、最終決着は大谷とチーム同僚
の最強打者、トラウトとの一騎討ちとなった。鬼気
迫る静寂がローンデポ・パークの蠢きを止めた瞬間
大谷の投じた球速160キロ、40センチ屈曲する
スライダーにトラウトのバットは空を切り、唇を噛
んだ。同時に、大谷は感極まわって、天空に帽子や
グラブを放り投げ、一斉にマウンドへ駆け寄る戦士
達と熱い抱擁を繰り返した。この勝利までテレビの
前で必死に応援を続けてきた、日本国民は老若男女
を問わず感激し、快哉(かいさい)を叫んだ。戦い
の後、USAチーム代表を務めたトラウトは、大谷
の投球は、エゲツナイと評価しつつ賞賛し、日本の
実力を認めた。日本国に野球が導入されたのは明治
初年とされる。その後、様々な海外交流により近代
野球と称される、現行野球規則に基づく数々の進歩
を遂げて現在の状況に至った。日本における野球の
魅力は、投手と打者の対決形式が、武士道の決闘と
同視でき、その真剣勝負の決着を見つめる観客達を
グランド上に引きずり込む力にある、と思われる。
米国のベースボールは、投手と打者間の格闘技とし
て認識され、ホームランか三振かの明快さが、本来
の醍醐味である。しかし、日本の野球はあくまでも
集団戦であり、チームプレーを原則に選手間の連携
と協力体制で勝利をめざすのが基本となる。いわば
将棋野球であり、詰め将棋と理解される。よって、
大谷選手は、表の面は往年の石原裕次郎、加山雄三
を超える俳優スターであるが、その内実には将棋界
の最強棋士、藤井聡太六冠ばりの知能を有する超絶
リーダーとして、本国際大会でサムライジャパンを
牽引し、集団力の勢威を世界に見せつけた。さて、
日本野球の基盤をどこに求めるべきか。その解答は
[甲子園]にある。甲子園は、野球人としての大成
をめざす少年達の夢舞台である。毎日、走り込み、
バットを振り、白球を追い続ける若者達が遂に栄冠
を授かり、地域や地元の代表者として敬愛される。
さらには、日本プロ野球の一員として野球界に身を
置き、様々な栄誉を受ける。加えて、日本での活躍
により米国大リーグからスカウトされ、羨望の報酬
を獲得できる。これは、甲子園野球の完成版的展開
であり、市場世界では[甲子園ビジネス]の成功と
評価されよう。実際に、日本の勝利はベースボール
の日本化を推進させるはずだ。そして、渋谷駅前の
忠犬ハチ公は大谷の様に仁王立ちに変わるだろう。