戦略と戦術
日常的に多用される言葉に、[戦略]と[戦術]が
ある。実は、この違いが意外にむつかしい。戦略は
戦争策略、戦術は戦争技術。この解釈も相違を明確
にするには今一つである。鑑主は、戦略は勝ち筋の
創造、戦術は、勝ち筋の過程で起こる様々な出来事
や事件のさばき方と考える。つまり、戦略は勝ち筋
の作成で、戦術は問題のさばきである。別に言えば
戦略はライン、戦術はスポットだ。今、この考えで
検討すべきは日本の政党政治だ。世間で注目される
のが、れいわ新選組とNHK党だ。両党は基本的に
既存政党、特に自民党政治の各種政策に対し、国民
生活を真に豊かにしていないと、過激な対決姿勢で
一般庶民の目線をもって活動中である。両代表共々
に中々の口達者であり、算盤勘定も巧みと察する。
ただ、両党には国家運営の中長期的戦略は皆無だ。
つまり、戦略なき戦術だけのスポット政党である。
ただ、ワンイッシューは実に分かりやすい。れいわ
の主張は、無税国家。N党は無料受信だ。鑑主の耳
にはそう響く。彼らの動きは、日本の歴史上、一揆
と把握されるべきものだ。一般庶民が日頃の不機嫌
な暮らしの中で、これは愉快、痛快と同調する一団
が支持、共闘している。社会のガス抜きとして機能
中だ。しかしながら、一揆政党は、規律統制を良と
する閉鎖民主国家では鎮圧されるのは時間の問題で
ある。両党が真の自由民主主義を標榜し、国民政党
としての重責を担う志があるとすれば、正義の実現
と持続的発展とはいかなるものかを呈示、立証する
必要がある。我が国における沈黙の知性派層である
中間層は、相応の見識を有している。両党の主張が
戦術、さばきに終始するなら、存在は否定される。
ちなみに、日本維新も勢いが弱い。戦略、勝ち筋が
見えにくい。大阪維新の会は、それなりの存在感を
示している。大阪府と大阪市を制覇し、官治主義の
制御に成功した。だが、日本維新はメガシティ東京
において勝ち筋を見せきれない。現状では自民党の
批評政党たる存在が限界だ。創業者の橋下弁護士と
松井元代表の政界からの引退宣言も同党の推進力を
喪失させる。勝ち筋が不透明では維新好きも支持し
にくい。上記戦略と戦術の理解は、個々人の人生に
おいてもかなり重要である。限りある人生の時間軸
を考えて、自身の選択や行動が、戦略なのか戦術な
のかを良く考える必要がある。戦術の集積は戦略と
はならない。問題を上手にさばき続けたとしても、
戦略がなければ、勝利は遠い。逆に、戦略に長じて
も戦術が未熟であれば、破綻する。三浦瑠麗女史の
身辺が騒々しい。これまで唯我独尊の姿勢や言動が
確認できるが、政権内部に食い込む活動は裏反社の
成功パターンだ。しかし、事のさばきが稚拙、未熟
である。上昇戦略は失敗。キレカワ怪女も終焉か。